第一インターナショナル⑤成長期

安部磯雄小池四郎共訳の『インターナショナル歴史現状発展』より、第一部・第二章、「第一インターナショナル」からの転載です。一部現代風にしています。共訳となっていますが、元々の著者は不明。【コメント】以下は個人的な感想などをまとめることにします。

安部磯雄・・・日本の社会主義者、日本フェビアン協会発足者、日本ユニテリアン協会会長、戦後の日本社会党顧問

 

 

インターナショナルによる各組合への支援

1867年になって、インターナショナルは、英仏の労働者に役立つ機会がはじめてやってきた。その年の春と夏に、パリの金属職工が組合を組織した廉によって、ロックアウトされる一方、ロンドンでは、洋服職工が時間短縮問題で罷業(ストライキ)を敢行した。

総評議会は、イギリスの組合から1000ポンド以上の金を集めて、パリの金属職工を勝たせるために援助した。そしてまたロンドンの洋服工のために、いくらかの金を大陸で集めた。だが、その時のインターナショナルの主な主張は、罷業破りの輸入を防ぐ努力であった。

欧米各国におけるインターナショナル会員の増加

これらの活動の結果は、その年の間にインターナショナルの会員をさせたイギリスでは、シェフィールドで開かれた労働組合大会が、すべての組合はインターナショナルに加盟すべしと勧告して、その結果20の組合がそれに合意した。フランスではいくつかの新しい組合が結成されて、それらがインターナショナルに加盟した。ベルギーやスイスでもまた、会員の増加があった。アメリカでは、当時の頭抜けた労働指導者である鋳物工組合のウィリアム・H・シルヴィスと、それに機械鍛冶職工組合のW・ジェサップが全国労働組合の第二回大会において、インターナショナルと公式な連絡を確立すべしという決議を提出した。

アメリカの労働市場が、低賃金の欧州の労働者に容易に近寄りやすい間は、アメリカ労働者の生活水準は向上することはできないと、シリヴィスは信じていた。1864年の国会で、傭主は契約によって労働者を輸入し、そして賃金から旅費を控除することができるという法律を通過したが、彼はその法律の影響をその時非常に心配していた。このインターナショナルの力によって、移民の制限を何とかすることができるだろうと、シルヴィスは考えた。しかしながら、彼の提案は、投票の結果否決された。ただこの全国労働組合の大会自身が、「政治的・社会的不正義に対する闘争において、欧州の組織労働者」に同情を表し、併せてそれと協力することを約束するという程度の、表明をしたにとどまった。

インターナショナルの財政状況とロンドンの優位性

かくして会員は増加したが、インターナショナルの財政は決してよくはならなかった。1866年9月から1867年の9月までの総収入は、230ドルをわずかに超える程度であったが、そのうち68ドルはイギリスから、125ドルはフランスから、38ドルはスイスから来たものであった。そのため家賃も正確に払うことができなかった。書記長の給料、それはジュネーヴ大会で年250ドルと決定されたが、それも滞っていた。そこで総評議会の委員は、一時自分自身の間で醵金をしようとしたが、9週間かかって12ドルばかりを集めた後で、それもダメだということになった。

この三年の間は、イギリスの労働組合主義者が、いつも出席するというほどではなかったが、とにかく総評議会を支配していた。ジョージ・オジャーがその会長であったし、W・R・クレーマーとR・ショーとピーター・フォックスとが1864年から1867年にかけて、次々と書記長となった。インターナショナルの幾通の「声明」は、仮令それがマルクスが書いたにしても、それは事実イギリスの組合の思想と方法とに従ったものであった。

しかしインターナショナルの大会では、いつもフランスの会員が最も勢力をもっていた。1866年のジュネーヴ大会ばかりでなく、ローザンヌの大会でも(1867年9月2日から8日まで)パリの労働者は、最も克明な報告を提示し、討論をリードし、罷業反対、協同組合促進・「人民銀行」設立という彼ら提出の決議を通過させた。

欧米各国の組合のインターナショナル加盟の動き

ローザンヌの大会の後、インターナショナルは、一時足踏みの形であった。イギリスの労働組合は興味を失い、パリ支部は官憲の検挙によって破壊された。しかし1868年の夏ごろになって、インターナショナルは、急に前進的な飛躍をした。その頃から1870年の中ごろにかけて、急速に会員を獲得し、新たな国の加盟をみた。1868年の産業不振に続いて起こった各国のストライキ運動、そしてそれが至る所に組合の結成を誘導したものであるが、それがインターナショナルには極めて有利であった。フランスでは幾多の罷業が勃発し、雨後の筍のように組合ができて、それがインターナショナルに加盟した。

1869年になると、インターナショナルのフランスの会員は優に20万人と推算された。ベルギーでは1868年に、坑夫と繊維工業労働者の間に幾度も罷業が起こったが、そしてその間に郡代に砲撃されたような事件があったが、そのために60いくつかの支部をもつ労働組合同盟が結成され、それがインターナショナルの最も強大な国民支部の一つとなった。スイスでは、1868年ジュネーヴの建築業に罷業が起こりその間評議会は、罷業者のために基金を募集したりしたが、それが労働組合とインターナショナルとに大きな興味を喚起するに役立った。

イタリア・スペイン・ポルトガルでは政治状態の不安と経済的不況とのために、労働組合と労働者の革命的結社の組織が促進された。この3カ国では、当時の労働運動の指導権は、ロシア人のM・バクーニンの手にあった。最初バクーニンは彼自身の国際団体を組織して「社会民主主義国際同盟」という名称をつけていた。だが1869年7月に、この団体の支部がインターナショナルに加盟したが、これらの新しい支部の会員は特にスペインに急速に増加した。

ドイツでは、アウグスト・べーベルとウィリアム・リープクネヒトの指導下にあった労働者の団体が1869年のアイゼナハの大会で、インターナショナルに加盟することを決議した。アメリカでは、1869年のフィラデルフィア会議で、全国労働組合が、その年バーゼルで開催されることになっていたインターナショナル大会の代表者を送ることを決議し、次いで1870年のシンシナティの会議においては「労働者同盟の原則に共鳴する」旨を声明したばかりでなく、「最近にその同盟に加盟する」見込みである旨を表明した。

労働組合が加盟した一方には、労働者と知識階級の混合型の支部がその間に結成された。それはアメリカでもそうであり、イギリスでも、デンマークでも、オランダでも、そしてまたオーストリアハンガリーでもそうであった。1871年までには、イギリスでの混合支部納入会員は8000人に上った。デンマークの連合評議員コペンハーゲンに2000人の会員をもった。一方アメリカでは、1871年の終わりごろには、アメリカ人、ドイツ人、フランス人、アイルランド人、チェコ人、その他の移民労働者からなる支部が数百の会費を納入した。

インターナショナルにおける組織の発達

かくしてインターナショナルは、1869年――70年に、その発達の頂上に上った。だがこうした盛んな時でさえも、その財政はなお低位にあった。というのは会員が固定を欠いていたので、会費収入が不正確であったからである。総評議会の事務所の家賃も滞っていた。一週間に4ドルの書記長の俸給もまたそうであった。

しかしながらインターナショナルは、その指導部の献身的努力から生まれた所の、そしてその頃になってしばらく団結の観念に目覚めてきた各国の労働者の間にその名によってえた声望から生まれたところの道徳的威力を及ぼすことができた。そのうえこの総評議員は、国別支部の書記長と各国の労働指導者との間に、正規的に通信を交わしたり、国際情勢に関する報告を作製したり、罷業中の財政的援助を訴えたりして、その勢力は助長した。

【コメント】

アメリカでは1866年に全国労働組合が創設され、ウィリアム・H・シルヴィスとアンドリュー・キャメロンが指導的な役割を果たしています。

1873年に解散した全国労働組合ですが、彼らが組合を創設してから、労働騎士団とアメリカ労働総同盟という組織が誕生します。

労働騎士団

労働騎士団はユライア・スミス・スティーブンスによって創設された労働組合です。スティーブンスはフリーメイソンで、またこの組織自体、グランドマスターという概念が使われていることから、そのままフリーメイソンの組織であると思われます。

労働騎士団のアイコンが逆五芒星である点も注意して考える必要があるでしょう。

アメリカ労働総同盟

アメリカ労働総同盟の最初の会長はサミュエル・ゴンパーズというユダヤ人で葉巻メーカーでした。第一インターナショナルとは、スウェーデン支部の書記であり、ニューヨークの組合活動家だったカール・ローレルを通じて関係があります。アイコンを見る限りフリーメイソンだと分かります。

この形のアイコンは非常に多く目にすることができます。

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