ルイ・アルチュセール――新時代のマルクス主義者

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アメリカではトロツキスト保守主義に紛れ込み、新保守主義という新しい概念を生み出したことを紹介しましたが、ヨーロッパでも共産主義者は思想を発展させました。

その代表者の1人にルイ・アルチュセールがいます。ここで少しルイ・アルチュセールについて論じたいと思います。

 

 

妻を絞殺した知識人

1918年にフランス領アルジェリアで生まれたアルチュセールは、父の仕事の関係でフランスのリヨンに移りました。その後徴兵されましたがすぐに捕虜となり終戦まで捕虜としての生活を送りました。その後、1948年に高等師範学校の教師となり、同年にフランス共産党に入党しました。

アルチュセールは哲学者のジル・ドゥルーズ精神分析医のジャック・ラカン高等師範学校に招きよせることで、高等師範学校に強い影響力を持つようになりました。アルチュセールの教え子にはジャック・デリダミシェル・フーコーミシェル・セールなど日本でも名の知れた哲学者が多数います。

アルチュセールは1968年にエレーヌ・リトマンと同棲生活を始め、1976年に正式に彼女と結婚しました。その間、精力的に執筆活動を行い、『レーニンと哲学』、『国家とイデオロギー』など様々な著作を書きあげました。

1980年、アルチュセールはエレーヌを高等師範学校の彼らの部屋で殺害しました。精神鑑定の結果、心神喪失のために刑事責任は問われませんでした。アルチュセールの証言によると、ガウンを着ていたエレーヌの傍に跪き、首にマッサージを行っていたとしています。両親指に力を入れると、エレーヌの目は固定され、口から下が飛び出した。アルチュセールはエレーヌを殺害したことにより絶叫し、精神科の医師に殺害を報告しました。

アルチュセールは、当時アルチュセールとエレーヌは精神錯乱状態にあり、エレーヌは死を望んでいた、殺害をエレーヌへの奉仕だったと述べています。アルチュセールの証言がどこまで真実なのか知りませんが、以後、長い監禁生活とうつ病の発症の末に、1990年に心臓発作で亡くなりました。

アルチュセールの著作は死後もフランスで刊行され、日本語訳も多数出版されています。

アルチュセールによる殺人は様々な推理欲求を掻き立てられますが、ここでは事実だけを述べるに留めます。

国家の抑圧装置

さて、アルチュセールは非常に熱心なマルクス主義者であり、同時にレーニンについても高く評価しています。彼はマルクスの国家論を更に強化し、国家の抑圧装置と国家のイデオロギー装置という概念を持ち込みました。

彼はそれまでの政府・裁判所・警察・軍隊といった社会機構が暴力あるいは非暴力的な形で従属者を抑圧し、支配階級の利益を優先していると考えました。このような社会機構を国家の抑圧装置としました。

次に、アルチュセール教育機関やメディア、教会、社会クラブ、家族などが国家のイデオロギー装置として機能していると考えました。

国家のイデオロギー装置は国家の抑圧装置ほどには容易に支配することができないために、イデオロギー装置が階級闘争の場となると考えました。マルクスが『ライン新聞』で行っていたこともイデオロギー装置における階級闘争であるとアルチュセールは考えました。

アルチュセールプラトンの国家論を持ち出し、奴隷を支配するためには警察が必要だが、実際に警察の働きだけでは奴隷は国家には従いません。奴隷を反逆させることなく従わせるにはイデオロギーが必要であると指摘しています。これを「高貴な嘘」と呼んでいます。

アルチュセールは近年の共産主義者イデオロギーの重要性、つまり高貴な嘘の重要性を軽視していることを指摘します。

もう一点、アルチュセールイデオロギーを歴史を持たないと言います。イデオロギーにおける歴史とはイデオロギーの外部にあるという逆説を展開します。イデオロギーは永遠のものであり、空想的な構造物であると認めています。

非常に奇怪なレトリックですが、イデオロギーが内包している裏面を読まなければならないという意味合いなのでしょう。言い換えるならば、イデオロギーという「高貴な嘘」の歴史があるということだと思われます。

現代社会へのアナロジー

アルチュセールは決して国家の抑圧装置も、国家のイデオロギー装置も否定していません。プロレタリア独裁が達成された暁には、これらの装置を活用して労働者を自分たちの思うがままに支配するというのが、マルクス主義革命を歴史が示した答えでもあります。

現代社会では、文化的マルクス主義としてフランクフルト学派やフランス構造主義ポストモダングラムシの思想が一般に広く受け入れられています。もちろん今、全世界で騒がれている多くの災厄もマルクス主義者によるイデオロギー(高貴な嘘)ではないという保障はどこにもありません。

マルクス主義者は既に、メディアや教育機関によるイデオロギーを支配することで、政治家や警察といった抑圧装置をも支配できるということを知っています。そして事実欧米のマスメディアや教育機関マルクス主義者に支配されています。

新保守主義の影響を受けた日本をはじめ世界中の保守派知識人の多くもまた、マルクス主義者の高貴な嘘にすでに騙されています。教育機関とマスコミを押えれば高貴な嘘によって知識人を取り込むことができるのであり、思想の右左はあまり重要ではないというのが実態なのでしょう。