陰謀論でみるオランダのユダヤ系哲学者スピノザ論

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前々回に近世・近代哲学について少し触れましたが、再度別のアプローチからこの時代の哲学について論じます。

イギリスではフランシス・ベーコン以後、経験論と呼ばれる考え方が発展し、ヨーロッパの大陸の方では、ルネ・デカルト以後、大陸合理論と呼ばれる哲学が生み出されました。

イギリス経験論の後期では、人間の感覚器官、特に視覚に焦点をあてた画期的なアイデアをジョージ・バークリーが展開しました。そして、その後、時代が時代だけに科学的にとは言えませんが、人間の神経システムを天才的な感覚で捉えたデイヴィッド・ヒュームは、自分たちの直感的な認識や理性への疑いを表現しました。

大陸の方ではニュートンから独立して独自に微分積分法を確立したことでも有名なライプニッツは、現代の物理学でいうところの原子や素粒子に通じるモナドという概念を用いて、精神と実体の問題に挑戦しました。そこでライプニッツは「神が存在することを選択した宇宙は、すべて可能な世界のなかで最高のものである。」という結論を導き出し、今、目の前にある現実を肯定しようと試みました。

 

 

スピノザの汎神論

そしてもう一人、オランダの哲学者スピノザは、神は物質的な世界と同一視したことで知られています。スピノザは自然そのものが神であるといいました。この考えはアブラハムの宗教以外の宗教観ではそれほど珍しいものではありません。従って日本人としてスピノザに衝撃を受ける人というのはほとんど存在しないものと思います。

しかし、アブラハムの宗教、ヨーロッパのキリスト教徒やユダヤ人の間ではスピノザの自然そのものが神であるという汎神論は衝撃でした。いわゆる従来の絶対的な存在である創造主という考え方に対しての批判の意味合いが込められていたからです。

スピノザ主義・シオニズム共産主義

彼は以後、ヨーロッパのユダヤ系の社会主義者共産主義者に絶大な支持を受けました。共産主義者で初期のシオニストであり、マルクスエンゲルスとも親交のあったモーゼス・ヘスはその著作『ローマとエルサレム』の中でスピノザの汎神論を支持しました。モーゼス・ヘスの思想はやがてシオニストの父と呼ばれたテオドール・ヘルツルにも引き継がれていきます。

スピノザの汎神論はカール・マルクス共産主義無神論にも多大な影響を与えていると言われています。マルクス無神論唯物史観フォイエルバッハによる影響が大きいですが、フランスの共産主義者ルイ・アルチュセールなどがマルクススピノザ主義の関係性を指摘しています。

シオニストユダヤ人や共産主義者ユダヤ人は、ユダヤ教の戒律をあまり重視しない改革派が多数を占めています。彼らはヤハウェを創造主として崇拝するのではなく、汎神論や無神論の影響を受けた別の何らかの信仰の対象を持っていたとしても不思議ではありません。

一方で、聖書(ユダヤ教における旧約聖書の呼び名はタナハといいます)に見られる選民思想エデンの園からの追放の物語などについてはそのまま無批判に受け入れているのも一つの特徴であり、汎神論や無神論は、必ずしも聖書(タナハ)批判には繋がっていません。

もちろん聖書それ自体に懐疑的な議論やより科学者に近い観点から議論するユダヤ人も多くいるため一概にユダヤ人がどう考えているのかと断定的に論じることはできませんが、神に関する考え方は一神教的なものから、汎神論・無神論的なものまで幅広く存在しているという点は考慮に入れる必要があると思います。

ユダヤ人によるスピノザ批判

シオニストのモーゼス・ヘスはスピノザ主義者でしたが、一方でユダヤ系の哲学者であるカール・ポパースピノザには批判的でした。スピノザの議論の特徴の一つが基礎づけ主義です。基礎づけ主義とは物事を一つ一つ基礎から論理付けしていくことで物事は真実として確立していくという考え方であり、スピノザの文体は基礎づけ主義そのものです。

ポパーはイギリス経験論やカントを高く評価する一方で、スピノザに対しては厳しく批判しました。ポパーは基礎づけ主義を批判した批判的合理主義という立場を打ち出していることからもスピノザの基礎づけ主義とは実際には相性が悪すぎます。

スピノザ自身が基礎づけ主義を主張したわけではなく、彼の議論の方法が基礎づけ主義そのものということで、当時オランダでレンズ磨きや楽器製作などで生計を立てていたスピノザに対して、高度な論理学を求めるのはさすがに無理がある部分があります。

スピノザへの評価

スピノザが擬人化された創造主を批判的に論じたという点に関しては必ずしも批判すべき部分は、私にはありません。スピノザの汎神論は当時の伝統的なユダヤ人やキリスト教徒にとって見ると無神論者として攻撃の対象となったという点で言えば、スピノザの汎神論への批判の多くは彼らから発せられていると考えられます。

一方で、スピノザの議論は、明確な基礎づけ主義を前提としているだけに、議論としては前近代的なものであり、当時としても方法論として問題があったと見なしてもいいのではないかと思われます。無自覚な基礎づけ主義の信奉者は無自覚的に基礎づけ主義的な議論を行ってしまうため、スピノザ主義の議論の乱暴さというのは確かにスピノザに負わされる部分もあるかもしれません。

もう一点がスピノザが現代的なサタニズムとどのような関係があるのかという議論を行うことも可能ですが、正直回答しがたい部分があります。スピノザ現代社会にみられるようなサタニズム的傾向があったのかなかったのかを読み解く術はありません。従って個人的なジャッジになりますが、スピノザ自身の生活の中にはそういった風景はなかったのではないかと推測します。

マルクス主義イルミナティへのスピノザの影響は小さなものではないようには思われます。フランスの共産主義者ルイ・アルチュセールやヨーロッパの影の支配者層の1人である思想家のジャック・アタリなどが実際にスピノザを高く評価しています。

この点で言えば、彼らには創造主たるヤハウェへの信仰心はないと見るべきなのでしょう。一方で彼ら現代のスピノザ主義者には選民思想や聖書への信仰が強く見られます。あまり詳しくは知りませんが、私自身はスピノザ自身には選民思想や聖書信仰はなかったのではないかと思っています。ただしイスラエルの初代首相であるダヴィッド・ベングリオンスピノザを過去300年間の最初のシオニストと評価している点など引っ掛かる部分は多分にあります。

あまり日本では知られていませんが、スピノザは現在でもユダヤコミュニティにおいて議論の対象として他の哲学者以上に注目されていると言っても全く言い過ぎではないと思われます。シオニズムというものを理解する上で、スピノザ解釈を行うことは今日においても重要と思います。私個人としてはそれほどスピノザは面白い哲学者ではありませんが、ユダヤ人の間では重要な位置にある哲学者であるということは知っておいても損はないでしょう。

補足:スファラディーとアシュケナージの違い

スピノザはいわゆるスファラディーのユダヤ人に分類されています。スファラディーのユダヤ人には様々な解釈がありますが、一般的にはイベリア半島ルートでヨーロッパにやってきたユダヤ人と考えられています。

あまり議論されませんが、スファラディーの語源はスペインであり、彼らスファラディーが話す言語には、ラディーノ語と呼ばれるスペイン語方言の名残が見られます。1492年にグラナダが陥落し、イスラム教徒と共にスペインを追放されたユダヤ人がイタリア・バルカン半島北アフリカへと逃れたことが知られています。

もう一つ代表的なユダヤ人がアシュケナージと呼ばれるユダヤ人で、ドイツ・ポーランドウクライナ・ロシアなどに住んでいたユダヤ人を指して言います。アシュケナージユダヤ人の起源は様々な説がありますが、古くはスファラディ―と同じくイベリア半島ルートでヨーロッパに渡来したユダヤ人という説や、バルカン半島経由で北上してきたユダヤ人という説がよく見られます。

最近よく議論されるのが、現在のカザフスタンウクライナあたりで拡大していたハザール王国でユダヤ教に改宗したハザール人が起源であるとする説があります。この説からハザール・マフィアなどという概念が陰謀論界隈でよく議論されています。

アシュケナージの語源の一つとしてノアの子孫のアシュケナズに見られます。エレミヤ記の極北にある3つの王国の一つアシュケナズというのが聖書においては一般的な表現とされています。

アシュケナズは現在のアルメニアやハザールと関連づける言論が見られるようです。一般的にアシュケナージユダヤ人とはライン川沿い地域に入植してきたユダヤ人を指してアシュケナージと呼ばれるようになったようです。