パラマウントと秘密結社

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ハリウッド映画と秘密結社フリーメイソンの関係性とその関係性を匂わすアニメーション作品について考察していきたいと思います。

 

 

パラマウント・ピクチャーズのアドルフ・ズコール

かつてハリウッド最大の映画会社として名を馳せたパラマウント・ピクチャーズの創業者アドルフ・ズコールはフリーメイソンとして知られています。

1873年1月7日に、ズコールはハンガリーで生まれました。16歳でアメリカに移住したズコールは、ズコールの家族は既にニューヨークで暮らしていました。ズコールは、室内装飾や毛皮屋で見習いとして仕事をしていました。

1903年にいとこのマックス・ゴールドスタインのお蔭で、映画産業に携わるようになりました。ズコールはマックス・ゴールドスタインと共に、MGMの創設者の一人となるマーカス・ロウの劇場グループや他の投資家と提携しました。

1912年にズコールはジェシー・ラスキーらとともに配給会社であるパラマウント・ピクチャーズ株式会社を設立します。1920年後半に年間60本の映画を手掛け独占契約を通じて、義理の父親となるロウズの会社ロウズエンタープライズパラマウントの劇場でそれらを展示しました。

1932年にパラマウント大恐慌に見舞われましたが、銀行が要求するリストラに従って、ズコールは会社を保持することができました。1936年に、ズコールはパラマウントの社長となり、1959年には名誉会長になりました。1967年に亡くなるまで名誉会長の座を守り続けました。

MasonryToday.comというサイトではズコールがフリーメイソンであること、彼の手短な生涯が紹介されています。

以前にパラマウントを紹介した記事

パラマウントの歴史については別の記事で以前にも紹介しています。ハリウッドの映画会社はパラマウント訴訟と呼ばれる裁判で、興行・配給・製作を独占することが独占禁止法に反するとして三部門のネットワークは1948年に解体されるなどの歴史について触れています。

1994年に、パラマウントバイアコムに買収され、現在はアメリカ三大ネットワークのCBSコーポレーションの傘下に置かれています。

パラマウントと秘密結社

アドルフ・ズコールがフリーメイソンであったように、パラマウント・ピクチャーズの作品の中には、そのことを伺わせる作品があります。1932年のアニメーション『ベティ・ブープ――ビンボーの入会』にフリーメイソンと思われるキャラクターが登場します。

アニメーションを作製したのは、フライシャー・スタジオのマックス・フライシャーが手掛けています。フライシャー・スタジオは『ベティ・ブープ』の他に『ポパイ』や長編映画ガリバー旅行記』などのアニメーション映画の製作を行っていた会社でした。

ベティ・ブープは若い年代には認知されていないかもしれませんが、初期のハリウッドを代表するキャラクターであり、アニメ版のセックスシンボルとしての役割を演じていました。

ベティ・ブープと共に登場するビンボー(ビン坊)は、ベティ・ブープの作品に登場するキャラクターです。ベティ・ブープの最初期の作品には労働者が動物として描かれるなど、優生思想もしくは選民思想を思わせるような表現も見られます。

ベティ・ブープ――ビンボーの入会』で、脅しによって入会を迫る秘密結社とともに、フリーメイソンの入会の儀式を思わせる表現なども見られます。現在のネット社会では想像もできないよな大胆さで、彼らはフリーメイソンというものを表現していると認識することもできると思います。今このような直接的な作品を人気作品で作るというのは想像しがたいですが、当時ならばこのような作品を作る大胆さというのも理解できます。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。